==■阿部詩さん■==
●パリオリンピック
2024年7月のパリオリンピック。
柔道女子52キロ級、東京オリンピック金メダリストの阿部詩さんが2回戦でウズベキスタンのケルディヨロワ選手に敗れた。
その瞬間、彼女は畳の上で崩れ落ち、会場中に響き渡るほどの号泣を見せた。コーチに支えられながらも立ち上がることができず、叫ぶように泣き続け、以降の進行を遅らせてしまう原因にもなった。観客席からは「ウタ、ウタ」というコールと拍手が響いた。
この光景に対して一部には「それだけすべてをかけてきたのだろう」「あれほどの努力をしていない者が批判する権利はない」と理解を示す声もあったが、SNSやテレビをはじめとするオールドメディアでは強烈なバッシングが巻き起こった。
●情けないのか?
・柔道家として、武道家として、もうちょっと毅然としてほしかった
・みっともない
・子どものようだ
・相手へのリスペクトがない
・進行の邪魔をするな
・3年間何をしていたんですか?
・タレント気取り
・浮かれてるからだ
・前回王者として堂々と畳を降りてほしかった
東国原英夫氏に代表されるように、テレビで発言する呑気なコメンテーターも軒並み「見せないほうがいい」と批判的な論調を展開した。
果たして、畳の上に上がったこともない・彼女がこれまでどのようなことをしてきたのか見たこともない人間がそんなことを言えるのだろうか。
武道の道を極めようと一般人が「普通の生活」を送っている傍ら、様々な犠牲を払って、数々の修羅場を潜り抜けて結果を残してきた彼女の方が「柔道家としてどうあるべきか」など何億倍もわかっているし、体に痛いほど染み付いているはずだ。
「普通の若い女の子」として日常を暮らすこともできたはずなのに、それを選択せず(きっとそのような選択肢への誘惑も何度もあっただろうが、)日々の練習、怪我との闘い、重圧、孤独、そうしたものを乗り越えてあの場に立っている。にも関わらず世界中から注目された、4年に1度しかない、もっと言えば一生に一度しかないあの舞台で、夢に描いた未来を掴むことができなかった。
その結果、「当たり前」にやっていたルーティンとしての畳を降りる所作すらできなくなってしまったのだろう。きっと、自分にも到底わからないが、それを超えてしまう「何か」があったのだろう。
これまで必死になって積み上げてきたものが一瞬で崩れ去った瞬間に、理性や「あるべき姿」を超えて込み上げてくる感情。
●簡単に批判できるのか?ここだけの問題か?
「表面上の所作」だけを切り取って、ここぞとばかりに批判した人たちは、こんなになるまで何かに打ち込んだことがあるのだろうか。
畳の上に立ったこともない。オリンピックの舞台に立ったこともない。金メダルを獲ったこともない。ひとつのことに全身全霊を賭けたこともない。
そんな人たちが、ほとんどは匿名で2次元のネット空間やSNSの安全な場所から「武道家としていかがなものか」と批判した。
この構図は、実はいろんな場面で見られる。
やったことがない人ほど、ニワカ専門家になりドヤ顔でネットやSNSで拾ってきた薄っぺらい知識をひけらかし、やっている人を批判する。リスクを取ったことがない人ほど、リスクを取っている人を批判する。本気で何かに打ち込んだことがない人ほど、本気で打ち込んでいる人を批判する。
現場で実際にやったことがないから、3次元のリアルな世界では全く通じないのに「それっぽい理論」を簡単に振りかざす。
●そして1年後
あの号泣から約1年後の2025年6月、阿部詩さんはハンガリー・ブダペストで開催された世界柔道選手権で5度目の優勝を果たした。
各種の報道等を見るとパリの敗戦後、彼女はしばらく立ち直れなかったようだ。周囲からの情報を遮断するために家でテレビも一切見ず、「全てを放り投げていた」という日々を過ごしたらしい。
しかし、「畳の上で戦うことが一番の生きがい」とモチベーションを取り戻し、2025年2月のグランドスラム・バクー大会で7ヶ月ぶりの実戦ながら復活優勝。4月の全日本選抜体重別選手権でも初制覇を果たした。
そして世界選手権。決勝の相手は、パリ五輪52キロ級銀メダリストのクラスニキ(コソボ)。開始から3分6秒、豪快な背負い投げで一本勝ち。オール一本勝ちでの優勝だった。
帰国した彼女は「五輪の負けがあったからこそ、モチベーションも高く優勝できた。最高のスタートと言っていいんじゃないかな」とロサンゼルス五輪を見据えて語った。
あのパリでの号泣を批判した人たちは、この復活をどう見ただろうか。
必要以上に全く関係ない第三者の無知・無意味・無理解な言動にメンタルも痛めつけられながら、彼女は批判に対して一言たりとも言い訳せず、ただ畳の上で結果を出した。
言葉ではなく、行動で示した。
これが「本気でやっている人」の姿だろうし、簡単なことではない。
●ちょっと羨ましいな
この復活優勝は本当にすごいことであるが、あのパリでの阿部詩さんの号泣シーンを見たとき、自分は「ちょっと羨ましいな」と感じた。ちょっとどころではない。
なぜなら、生まれてから今日まで、いろんなものを犠牲にしてまでこんな努力をしたこともなければ、こういう場に立つこともなかったし、こうした全てを否定されるような残酷な現実を突きつけられて我を忘れて号泣することも、自分の人生で一度もしたことがないからだ。
それができる人生って素敵だと思う。
あれだけ全身全霊を注ぎ込んで、結果が出なかったときに崩れ落ちるほど打ち込めること。それ自体が、凡人には到達できない境地だと思うし、自らをそういう環境に置き、そのなかで結果を出していく。
自分を含めた多くの人は、そこまで何かに賭けることができない。
失敗したときのダメージを恐れて、最初から全力を出さない。
「まあ、本気でやったわけじゃないから」「自分はそこまで目指してないから」「才能がそんなにあるわけじゃないから」「環境がそうなっていないから」等、やらないため・自己保身のつまらない言い訳を常に用意しながら生きている。
阿部詩さんは、そうした誰にでも生じるであろう言い訳の数々を振り払い、あの場に立っていたのだろう。だから、あれほど泣けたのだろう。
そして批判する人たちは、そうした「同じ土俵に立っていない」から彼女のことが理解できなかったのだろう。
それだけでなく、この号泣シーンを見ながら、同時に自分がいかに本気でやっていないのかを痛感させられた。
==■久米島の件■==
●言い訳をしていたのは
阿部詩さんの号泣を見たとき、もうひとつ思い出したことがある。
久米島町のバーデハウスの案件で一番(というか唯一)言い訳をしていたのは自分だったことだ。
このプロジェクトは、これまでnoteや拙著に何度も書いてきたので詳細は省略するが、久米島町の最大の観光資源だったバーデハウス(海洋深層水を使ったスパ)が経営破綻し、その再生を目指してきた。
筆者は久米島町からこの再生に向けた事業者公募を行う業務を受託していたが、コロナ前の1回目の公募にあたっては庁内WGによる徹底的な議論と3期にわたるサウンディングで市場を確認しながら随意契約保証型の民間提案制度に近い形で実施し、3グループから参加表明があった。これはいけると思っていたが、同時期にロシアのウクライナ侵攻がはじまり、世界情勢が不安定になってしまったことや新型コロナウイルスの蔓延により公募は流さざるを得なかった。
コロナ禍を経て実施した2回目の公募でも2グループから参加表明があったが、最終的に離島単価の問題がクリアできず辞退されてしまった。
悔しかった思いは当時も持っていたが、今思うと、その時に自分が何を言っていたか。
「ウクライナの話が始まっちゃったから」「離島単価の問題が難しいから」自分を正当化し、世の中や外部環境に責任転嫁する言い訳でしかなかった。
===続きはリンク「まちみらい公式note」===

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