■前に踏み出せない■
●あるある案件の相談
・大規模なプロジェクトを時限付きで実施しなければならないことはわかっているし、一緒にやってもらえそうな民間事業者も見つかっているが、庁内の意思決定ルートまで持っていくのに苦慮している
・包括施設管理業務で(A市教育委員会が先行し、B町サウンディングも含めて)ほぼ準備は整っているが、実際に発注に至らない
・地域のポテンシャルが非常に高く、指定管理者も自主事業や投資について前向きだが、行政としてどう形にしていくのか難儀している
どれも「あるある案件」であり、「見えない敵」に恐れ慄くだけで実践に向けた第一歩を躊躇してしまっていることが共通項である。すべてのプロジェクトはオーダメイド型なので、「こうすれば確実に解決できる」という必勝の方程式など存在しないし、「先行事例の横展開」などといった戯言が(特に非合理的な行政では)通用しないことは明白である。(しかし、「これをやったら・怠ったらコケる」のフラグ・落とし穴はいくつも歴史が証明している。)
2025年1月に発生した下水道管の腐食に伴う八潮市の道路陥没事故、同2月の玄海町における下水道処理施設でのポンプの不具合による「復旧の見通しが立たない」施設の機能停止(報道によると応急措置だけ?で一般会計から1,340百万円もの繰り出しが必要)等、全国各地で税金や使用料を払っていれば「当たり前」に得られるはずの市民生活すら守れない時代である。
これに輪をかけて政策にも起因する物価・人件費高騰や人がいない問題、実質賃金が上がらない官製スタグフレーションとも言える社会経済情勢。
もはや手をこまねいている余裕はどこにもないし、「できること」はすぐにやらなければいけない。まちが強烈な勢いで衰退し、そのまちに失望した動ける人(お金を持っている人・他のまちでもビジネスができる人・若くてゼロからやり直しができる人)から流出し、税収が激減・先細りすることで更に流出が加速する負のスパイラルから脱出する、少なくとも違う流れを起こすためには「そのまちのポテンシャルを活かす」プロジェクトを次々に仕掛けていかなくてはならない。
シン・エヴァンゲリオン劇場版ではダメダメシンジくんやクロナミ・レイがネルフやエヴァに囚われた世界から離れ、第3村で支え合いながら生きる人々の生活に触れるなかで「世の中」を知る、自分と世界を結びつけ「自分の存在意義・自分が何をすべきか」を自然と学び取っていった。
前述のような「あるある案件」で、お城庁舎に籠ってやらない理由を探していてはいけない。世の中を見なければいけない。
「ついでにちょっとは世間を知りニャ」by真希波・マリ・イラストリアス

●すぐそこにあるのに
上記の「あるある案件」はいずれもやろうと「覚悟・決断・行動すればすぐにでも事業化できる」ものであるし、事業化まで多少のリスクや負担はあることが間違いないが、そこから得られるリターンはそれらを補ってあまりあるものである。
民間であれば、こうした「経営上のメリットがあるもの」をみすみす逃していては同業他社のコンペティターと大きな差がつき、あっという間に市場での競争力を喪失して倒産してしまう。
ただ、行政と民間が大きく異なるのは、行政では「経営合理性」で判断しない・しようとしない・できない人たちが意思決定に関わるプロセスに介在し「邪魔」してくることである。こうした非生産的な「お邪魔虫」如きで「すぐそこ」にある得られるはずのまちの未来を放棄するのはあまりにも勿体無い。

●理屈・理論じゃない
行政は議会まで含めて驚くほど非合理的な組織、意思決定だからこそ、マジメな人たちに限って「理論的」になんとかしようとする。
上記の「あるある案件」の相談でも「行政が税金を投入するからには、その根拠を示さなければいけないし、失敗することはできない」「うちのような小さなまちで手を上げてくれる民間事業者を確実にセットアップしてからでないと庁内説明ができない」「市長選の結果を待って上からの指示をもらわないと動くことができない」「財政が厳しいからやりたくても無理」等、それぞれの案件で「それらしい」理論・理屈が次々と出てくる。
しかし、これらの意見を冷静に分析していけば、「私」が不在で「誰か・何か」に責任転嫁しているに過ぎないし、鶏と卵のような「誰もやろうとしない・責任を取ろうとしない」話でしかない。
同時に、(本来は自分たちで頑張って覚悟・決断・行動して欲しいのだが、)今回のnoteのテーマである「レールが敷かれれば・そこに乗っかれば」これらの問題が解決できる可能性も見えてこないだろうか。

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続きはリンク「まちみらい公式note」
https://note.com/machimirai/n/nd02a399d303d

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