「なぜここに」を誰も問わない
●地方財務の連載
現在、連載している地方財務の記事について、SNSで取り上げられたり個別にお問い合わせをいくつかいただいているので、ここで整理しておきたい。
・「総合管理計画の本質的欠陥ー行政施設だけをプロットする愚」、公共施設「等」総合管理計画に民間施設がプロットされないのは欠陥ではないか!思いつかない視点でした
・公共施設等総合管理計画は行政の保有する施設をどうするかを決めるものなので、なぜ民間施設を考えなければいけないんですか
・総務省の指針には民間施設をプロットすることは書いていないのですが、必要なのでしょうか。
・業務委託で総合管理計画を作成しましたが、「民間施設をプロットする」ことの意味や必要性はコンサルから示されませんでした。そのまま総合管理計画としてしまったのですが、問題あるでしょうか。
●あるある案件
このようなあるある案件も聞いたことがないだろうか。
老朽化した施設の更新にあたって、検討されている候補地は市の関係者から買い取った田んぼのど真ん中の土地だった。
なぜそこなのかの根拠は「たまたま市が保有している土地で、建設費が一番安く収まるから」である。
周辺にどんな民間施設があるか、そこにどのような人が来るのか、交通アクセスはどうなっているのか、周辺の人口動態はどうなのか、まちの歴史的な文脈でその場所はどういう意味を持っているか等は全く関係ない。
コンサルに業務委託し、候補地選定の中で「最も安く調達できる」ことが立法事実である。
これが全国で繰り返されているリアルだし、その結果として全国各地で田んぼのど真ん中に図書館・庁舎・生涯学習センター等がポツンとヒューマンスケール/エリアスケールから逸脱した形で、安易に合併特例債・過疎債・公共施設等適正管理推進事業債・社会資本整備総合交付金等をフル活用し、更には起債に依存して整備されてしまう。
●まちを見ていない
一般的な行政は立派な「お城庁舎」に籠もって仕事をしている。
国の指針、各種補助金・交付金(・有利な起債)、声の大きな一部の市民の要望、政治的な影響力を持つ議員への対応等が「外界との数少ない接点」となり、ルーティンワークに忙殺されて、リアルなまちを歩く時間も発想もない。当然に地域プレーヤーとの関係を築くこともなく、地域コンテンツなども把握していない。
だから「どこに何の公共施設を置くか」という本質的な問いが、まちの現実から完全に切り離されたまま処理されてしまう。そもそも「どこでそのサービスを提供することがまちにとって最も効果的なのか」を考えるプロセスもなければ思考回路・行動原理が存在しない。
だからこそ「たまたま持っていた市有地」や「何らかの事情で関係者から買ってしまった土地」に「整備するのが一番安い」し、地権者交渉等も不要になるからという短絡的な理由で公共施設されていく。
●コンサルも考えない
そしてコンサルに丸投げしても変わらない(どころか、それらしい表面的なな「理論武装」をして推進してしまうのでよりタチが悪い)。コンサルも上記のような同じ思考回路・行動原理で動く(そんな煩わしいことは仕様書にも書いていないし、発注者である行政も要求水準書で求めていない)。
「自分たちの未来を考えること、そのために知恵を絞り・汗をかき・手を動かし・足で稼いでいくこと」を「見ず知らずのコンサル」に、最悪の場合は一般競争入札で「いちばん安い会社」に丸投げ委託してしまっている時点でアウトだ。
コンサルは発注者たる行政の意向を反映した「それらしい案」を作り、そのまちの既存計画からキーワードを抜粋して薄っぺらい理論をパッチワークし、「そこに整備することが最も合理的」であるという結論を数字・図面・パースとともに納品する。
本来は「なぜそこに、なぜその施設」の問いは、要求水準書に書かれていないが、コンサルが本当に「プロ」であれば、失注したとしても企画提案書にそこから議論する必要性を書かなければいけない。
発注者たる行政が気づかない視点・専門的知見をビルトインして、そのまちの文脈に沿ったサポートをするからこそ、フィーが発生するはずだ(が、今の一般的なコンサル・監査法人に「それ」を言っても無駄だろう。。。)
●都市計画法
田んぼのど真ん中に公共施設を簡単に整備できてしまうのは、都市計画法の規定も影響している。
都市計画法第29条第1項は、一定規模以上の開発行為には都道府県知事の許可を要するとしているが、同条第3号は「公益上必要な建築物の用に供する目的で行う開発行為」について許可を不要とする例外を定めている。
都市計画法施行令第21条はこの例外として適用される施設を列挙しており、図書館・博物館・公民館・変電所・消防署・庁舎など、地域の日常生活を支える公共施設の多くが含まれる。つまり多くの公共施設は、市街化調整区域であっても開発許可なしに建設できる。
一方で民間事業者が農地・田んぼの真ん中に店舗を建てようとすれば、市街化調整区域では厳格な立地基準(都市計画法第34条)をクリアしなければ許可が下りない。「なぜここに建てるのか」という立地の合理性が問われる。ところが地方公共団体が同じ場所に公共施設を建てようとしても、この制約が実質的に機能しない。「公益上必要」という一語で立地の論理的な根拠を問わずに建設が可能になっている。
民間には立地の合理性を問うが行政には問わない。この非対称性が「田んぼのど真ん中に公共施設」ができることを制度上で許容している。
これはルール違反でもなんでもない。
法的に正しい手続きを踏んでいるし、「行政はそんなことをわざわざ規定しなくても、まち全体のことを考えて公共施設・サービスを考えるはずだ」という性善説が法の趣旨なのだろう。
しかし、実態としてはこのような性善説ではなく、短絡的な理由で運用がされ、コンパクトシティを謳っていながら、あるいは立地適正化計画で都市機能誘導区域・居住誘導区域を定めていながら、行政がそれとは異なる判断、点(≠まち)としての公共施設を整備をしてしまっている。
===続きはリンク「まちみらい公式note」===

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