===■結果を残す人たちの共通項■===
●結局は「人」がやること
PPP/PFIや公共施設マネジメントの世界に身を置いて、いつの間にか四半世紀近くが経った(ヤバい、ジジイ化してしまう。。。)。
流山市役所での15年、日本PFI・PPP協会での5年、まちみらいを立ち上げてからの日々。その中で、数えきれないほどのプロジェクトと人に出会ってきた。100%とは言わないがある程度上手くいったプロジェクトもあれば、志半ばで頓挫したものもある(そちらの方が圧倒的に多い)。
サポートさせていただいた自治体でも、常総市・宮崎市のようにこちらの想像を圧倒的に超えた成果を上げた自治体もあれば、何年経っても同じところをグルグル回っているまちもある。
その違いは何なのか。財政力の差か。地理的条件か。首長のリーダーシップか。もちろん、それらも無関係ではない。しかし、長年この世界を見てきて確信していることがある。結果を残せるプロジェクト、結果を残せるまちには、必ず「人たらし」がいる。これは筆者の専門分野であるPPP/PFIや公共施設マネジメントに限った話ではないだろう。おそらく、あらゆる分野において同じことが言えるはずである。
●「人たらし」は悪いことか?
「人たらし」という言葉には、どこか胡散臭い響きがあるかもしれない。口がうまい人、調子のいい人、人当たりだけはいい人。そんなイメージを持つ人もいるだろう。しかし、私がここで言う「人たらし」は、そうした薄っぺらい存在ではない。
筆者が出会ってきた「人たらし」たちは、例外なく「経験知」の塊であった。彼らは、理屈・理論では説明しきれない・道理が通らない非合理的な世界の中で、クリエイティビティ、情熱、発想の転換、そして覚悟をもって、一つひとつの困難を突破してきた人間たちである。その過程で蓄積された「経験知」が、彼らの言葉に重みを与え、周囲の人間を惹きつける磁力となっている。
本稿では、なぜ「人たらし」が結果を残せるのか、そしてその「人たらし」の本質とは何なのかを、これまで出会ってきた魅力的な人たちの姿を通じて考察していきたい。
===■「一人だけ」では何もできないという現実■===
まず、当たり前だが重要な事実を確認しておきたい。
どんなに優秀な人間であっても、「一人だけ」で何かを成し遂げることは不可能である。これは行政であっても民間であっても変わらない。
●行政内部
行政の世界を考えてみよう。どんなに小さなプロジェクトであっても、それを「オフィシャル」に進めるためには決裁が必要になる。担当者が起案し、係長がチェックし、課長が決裁する。場合によっては部長や首長の判断を仰ぐこともある。どれだけ素晴らしい企画書を書いても、どれだけ緻密な計画を立てても、その決裁ルートのどこかでNOと言われれば、そのプロジェクトは進まない。
担当者レベルでは熱量を持って取り組んでいるプロジェクトが、上層部の「リスクを取りたくない」謎の「時期尚早である」という判断で凍結される。関係部署との調整がうまくいかず、表面的な「総論賛成・各論反対」の壁に阻まれて頓挫する。優秀な若手職員が夢を抱き孤軍奮闘したものの、上記のような「つまらない判断」の憂き目に遭い心が折れて異動願い・辞職願を出す。残念ながらあるあるネタでしかない。
●議会対応
更に行政の場合は議会対応が必要になる場合も多い。どれだけ練り上げた事業計画も議会で関連予算等が否決されれば実現しない。議員からの(中には全く的を得ないものも含めた)質問に対して、説得力のある答弁ができなければ、事業そのものが政争の具にされてしまうこともある。担当者一人がいくら頑張っても、議会対策は組織全体で取り組まなければ乗り越えられない。そもそも自分もそうだったが、部長職以上でなければプロジェクトの担当者が議会というオフィシャルな場で提案理由を説明したり直接答弁することすらできない。
●市民との関係
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アスカ「最後だから聞いとく。私がアンタを殴ろうとしたわけ、分かった?」
シンジ「アスカが3号機に乗ってた時、僕が何も決めなかっから…助けることも、殺すことも。自分で責任、負いたくなかったから…」
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市民との関係もそうだ。公共施設の再編・統廃合・新規整備等にあたって、本来は地方自治法で考えれば「長の総合調整権」でできるのだが、庁内や議会から「市民の声は聞いたのか」と決まり文句のように問われる。
物事を決められない自治体では、ダメダメシンジ君のように自分で判断することを放棄し、プロとして表面的なリスクヘッジをしてしまう。
現実的には無駄・不毛な努力・プロセスだと分かりながらも消費者としての市民と粘り強く対話を重ねていくしかない。その作業は、担当者一人の力では到底できるものではないし、地域や議会のドンなどは「担当ではなく責任者の話しか聞かん」と、上層部に協力を仰がなければいけない場面も多数でてくる。
●民間の場合
民間の世界も本質的には同じである。どれだけ画期的なサービスを思いついても、どれだけ革新的なプロダクトを企画しても、それが社内的に認められなければ世の中に出ることもないし、届ける相手がいなければ意味がない。販路の開拓、営業活動、マーケティング。つまり「認めてもらう」「買ってもらう」「使ってもらう」行為がなければ、どんなに優れたものも社会に届かない。
さらに言えば、プロダクトやサービスを生み出す過程においても「一人だけ」では限界がある。資金を調達する人、技術を持つ人、デザインを担う人、法務をチェックする人、現場を回す人、営業して契約をとってくる人、在庫や売上管理をする人。複数の専門性を持つ人間が協働・連携して初めて、ひとつの価値が生まれる。
●PPP/PFIの世界
PPP/PFIの世界では、この「他者との協働」がさらに複雑な様相を呈する。行政と民間がそれぞれの持つリソースを出し合い、それらを足し算・掛け算して試行錯誤しながらプロジェクトを構築していくしかない。
これらすべてのステークホルダーが、それぞれの利害を抱えながらひとつのプロジェクトに関わっている。
この複雑な利害関係を調整し、関係者が納得できる形でプロジェクトを前に進めていく。それができる人間こそが「人たらし」であり、それができないプロジェクトは、どこかで必ず躓くことになる。
結局のところ、何かを形にするためには必ず「他者」の存在が必要である。そして、その「他者」を巻き込み・動かし・ともに歩んでいく力こそが「人たらし」の本質に他ならない。
===続きはリンク「まちみらい公式note」===

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